「看取る」ということ。

「対ヒト」でも「対動物」でも同じ。
「自分より大切」と思える相手を「看取る」ということ。
実はコオリは今までその経験がなかったのです。
親類や友人知人を含め「目の前」で「生命の炎が尽きる」という経験がないのです。
もちろん葬儀参列の経験はありますが…。
小さい頃、外飼いで飼っていた愛犬「ブチ」が亡くなったことは今でも鮮明に憶えているし
小学生だった私はそのショックで学校を休んだことも憶えています。
彼は家族が外出中…というか当時、こんな私でも、とある数値が正常値ではなく
大きな病院に定期的に通院しており、そんな私の通院日にたまたま重なってしまい
病院から帰って来たら冷たくなっていたのでした。
そんな「ブチ」の画像も過去に記事にしていたので良かったら読んで下さいませ↓
2006年 10月 09日
その後も「犬を飼うこと」はありましたが、様々な事情で友人宅に引き取ってもらい
「看取る」ことはありませんでした。
で、最近も記事に登場した「とら」も最期は「兄家族」に「看取り」を託してしまいました。
これまた当時の記事はこちらです。↓
2013年 12月 10日
ろくはそんな「とら」が五歳の時に「二ヶ月半」で引き取ったのですが
それ以来、ずっと一緒に過ごして来た訳です。
途中、ほぼ10年「ろくとの二人(一匹+一人)暮らし」だったので
やはり「特別な存在」だったのです。
その間に、コオリの夢であった

愛犬と一緒になんちゃって!?セラピー活動

なんて事もしちゃったりして!?↓
2007年 06月 06日
ろくは「夢を叶えた同志」でもあったわけです。
そんなろくを「自分の腕の中で看取る」ことは私の望みでもあったのですが、
でも、だからこそ、やはり、かなりシンドイです…。
でも、やっぱり、その経験が「ろく」で出来たことはとってもとっても幸せだったのだと思います072.gif
もし「ブチ」のように私が外出中に「冷たくなって」いたら、
今、こんなに静かに「ろくの死」に向き合えていなかったと思います。
ただただ自分を責め「後悔」が残ったように思います。
だから今は

喪失感

とだけ、闘う日々なのだと思います。
自分が自分と同じ

「生命あるもの」を「看取った」

ことをしっかりと受け止めることなのだと思います。
それが

「生命」というもの

をきちんと感じ、考え、敬うこと、に繋がるのだと思います053.gif

今の気持ちはこんなんです。↓(音声ありです)
Missin' you ~It will break my heart~
この曲はリリース当時も色々な想いが重なり、泣きながら何度も何度も繰り返し聴きましたが
今回改めて引っ張り出して一語一句を心に刻みながらメソメソと聴いています。
自分ではまだまだ「ろくへの想い」を「言語化」出来ず、もどかしいのです。
でも「こんな気持ち」なのですわ。
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by animal_therapy | 2017-01-17 21:53 | ろく、ありがとう☆ | Comments(0)

愛犬ろく&ふくとのハチャメチャな日々♪♪♪
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